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みなさーんおはようございます。田さんです。
今朝は久しぶりれの秋晴れで気持ちが
清々しいですね?
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七折れの小梅
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2015.11.27 Fri l 未分類 l コメント (2) トラックバック (0) l top

コメント

No title
日本の歴史的な側面から、
梅の遷移を追うと、
桃山時代の『貞丈雑記』には、

「菓子はむし菓子や干菓子のことではなくて、
 果物を菓子という」

と 書かれています。

また、『和名抄』にも梅は木の実・果物に分類され、
奈良時代の人々は、 桃やびわ、梨などと共に
梅を生菓子として食べていたようです。

武家社会のもてなしは「椀飯」と呼ばれ、クラゲ・
打ちアワビなどに、 梅干しや酢・塩が添えられた
ご馳走で、兵士の出陣や凱旋のときに縁起がいい食物として、また、禅宗の僧は茶菓子として、
梅干を用いたようです。

一部の人しか食べられていなかった梅干も、
江戸時代になると庶民の家庭にも
登場するようになります。
江戸では大晦日や節分の夜、梅干に熱いお茶を
そそいだ「福茶」を飲み、 正月には黒豆と梅干のおせち「食い積み」を祝儀ものとして食べたとか。


明治11年、和歌山県でコレラが発生し、
翌年にかけ1768人の死者が出た時、
梅干の殺菌力が見直され需要が急増。
また日清戦争の頃、軍医の築田多吉が、
外地で伝染病にかかった兵士に
梅肉エキスを与えて完治させ、
梅干の薬効を実践したという記録もあります。

時代時代で、梅の美味しさや栄養、
効果などが認められて、
今に至っているんですね。
2015.11.27 Fri l yoshinaka. URL l 編集
No title
yoshinakaさんの話によると
その昔梅干しは高価な食べ物だったようですね?
また江戸では大晦日や節分の夜、
梅干に熱いお茶をそそいだ「福茶」を飲み、
正月には黒豆と梅干のおせち料理に使われたり
また日清戦争の頃外地で伝染病にかかった兵士に
梅肉エキスを与えて完治させたり
昔も現代と変わらない役目を持っていたのですね(笑)

いずれにしても梅干しは、
今も昔も体に万病の元と
言われる食べ物のひとつですよね(笑)
2015.11.28 Sat l 田さん. URL l 編集

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