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こんにちは。新人店員Oです。
今日、10月13日はサツマイモの日だそうです。
「栗(九里)より(四里)うまい十三里(9+4=13)」の
「十三里」とはさつま芋の異名で、江戸から十三里(約52㎞)離れたところにある
川越のさつま芋がおいしかったことから生まれた言葉です。
そこから、埼玉県川越市の市民グループ・川越いも友の会が
さつま芋が旬でもある10月にこの日を記念日に制定したそうです。
私はさつま芋と聞いて芋焼酎を思いました。

焼酎と言えば沢山の種類の焼酎がありますが、
普通は、麦焼酎、芋焼酎、の2種類が思い浮かびますね。

「道後焼酎 刻太鼓」は、全国新酒鑑評会で毎年高い評価を受けている、
磨き抜いた吟醸清酒粕を主に原料として丁寧に蒸留しました。
華やかな吟醸の香りとまろやかで上品な口当たりが特徴の本格焼酎です。

また名前の由来は、日本最古の歴史を誇る道後温泉。
木造三層楼の本館屋上の振鷺閣の中央に吊るされた太鼓は
「刻太鼓(ときだいこ)」として、「残したい日本の音百選」にも選定されました。
その音色は古より今も変わらず道後に時を告げている刻太鼓からです。

この、「道後焼酎 刻太鼓」は、2009年全国酒類コンクール 米焼酎部門 全国1位受賞です。
一度味わってみませんか?
「道後焼酎 刻太鼓」
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2015.10.13 Tue l 未分類 l コメント (2) トラックバック (0) l top

コメント

No title
サツマイモは中国、琉球を経て
伝わってきたそうです。
南薩摩の漁師が琉球から持ち帰ったのが
1705年のこと。
その後に起きた飢饉の救荒作物として、
また日照りや台風にも強く火山灰土壌の
シラス台地にぴったりの作物として
普及していきます。

享保・天明年間に各地で頻発していた
飢饉でも薩摩では一人の餓死者も
出なかったといいますから、サツマイモの
功績は大きいものでしたね。

ちなみに「からいも」とは「唐」から
伝わったということで、
「さつまいも」とは、本土においては
薩摩から伝わったという理由で
ネーミングされたそうです。

焼酎に関して面白い話がありました。

昭和34年、鹿児島県北部に位置する
大口市の郡山八幡神社が解体修理されたときに
一枚の棟木札が発見されたのですが、
それにはこう書かれていました。

「其時座主ハ大キナこすでおちやりて 
 一度も焼酎ヲ不被下候 何共めいわくな事哉」

(けちな施主は一度も焼酎をふるまわなかった。
              なんとも迷惑なことである)

永禄二年(1559年)の日付があり、
同神社の改築が行われたときに
かりだされた大工の落書きとされていて、
もっとも古い文字になるそうです。
時代は? というと翌年に織田信長と
今川義元の桶狭間の戦いが行われた頃です。

それより前の1546年、薩摩半島南端の
山川港に来航したポルトガル船の船長が、
フランシスコ・ザビエルに布教のための
詳しい見聞記「日本報告」を書き送って
いるのですが、そのなかに

「飲み物として、米からつくるオラーカ(蒸留酒)
 が飲まれていた」

と、焼酎に関して記されていました。
もっとも古い記録です。

いずれにしても薩摩の南と北で
焼酎が飲まれていたことは明らかなようです。


「道後焼酎 刻太鼓」を一杯いただきながら、
こんな薀蓄を誰かに話して聞かせたいですね。

え? すぐに忘れるだろうって!?
・・・
・・
まぁ、そう・・だけどぉ・・
(涙)
2015.10.13 Tue l yoshinaka. URL l 編集
No title
こんにちは。
お酒飲みながら難しい話は、
忘れてしまいますね。

お酒は楽しく飲んだ方がいいです。
でもいつか、
yoshinakaさんといろいろな話しながら、
飲みたいですね。

道後で刻太鼓を聞きながら………
2015.10.14 Wed l 新人店員O. URL l 編集

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